年収の壁を撤廃!「106万円の壁」「130万円の壁」への対応内容と企業に必要な手続きを解説

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年収の壁を撤廃!「106万円の壁」「130万円の壁」への対応内容と企業に必要な手続きを解説年収の壁を撤廃!「106万円の壁」「130万円の壁」への対応内容と企業に必要な手続きを解説

派遣社員のなかには、扶養の範囲内になるように限られた日数や時間で働きたいと考える人もいます。2023年10月より、いわゆる「年収の壁」が緩和され、パートタイムで働く労働者がこれまで以上に働きやすくなる環境づくりが始まりました。派遣社員が年収の壁を超えて働けるようになれば、企業にとっても人材不足を解消し、労働力確保につながるメリットがあります。

この記事では、派遣社員にもかかわる「年収の壁」を取り上げ、政府が打ち出した「106万円の壁」「130万円の壁」への対応内容や企業に必要な手続きについてわかりやすく解説します。

目次

  1. 「年収の壁」とは
    • 106万円の壁
    • 130万円の壁
    • 他にもある年収の壁
  2. 「年収の壁」が注目されている理由
    • 就業調整と人材不足
  3. 政府が打ち出した「年収の壁」対策
    • 年収の壁・支援強化パッケージ
  4. 「106万円の壁」への対応
    • キャリアアップ助成金
    • 社会保険適用促進手当の標準報酬算定除外
    • 企業に必要な手続きと対応
  5. 「130万円の壁」への対応
    • 事業主の証明による被扶養者認定の円滑化
    • 企業に必要な手続きと対応
  6. 配偶者手当への対応
    • 企業に必要な手続きと対応
  7. まとめ

1.「年収の壁」とは

年収の壁とは、給料から差し引かれる社会保険料や所得税によって、手取りが減少する可能性のある、年収のボーダーラインのことです。

たとえば会社員がその家族などを扶養に入れると、被扶養者は保険料の負担なく社会保険に入ることができます。しかし、その被扶養者がパートタイムの派遣社員やアルバイトとして働き、その収入が一定額を超えてくる場合には、扶養から抜けることになります。つまり、自分で社会保険料を負担しなければならなくなります。

年収の壁を超えると、それまで免除されていた社会保険料などを負担することにより、扶養の範囲内で働いていたときよりも手取りが少なくなってしまうことがあります。このため、年収の壁を超えないように、働く日数や時間を調整する労働者は少なくありません。このような状況を受けて、政府は年収の壁に対する支援策を打ち出し、壁を意識せずとも希望どおり働ける環境づくりを進めています。

関連記事:扶養範囲で働くとは?年収別の壁や社会保険の条件を解説

年収の壁を撤廃!「106万円の壁」「130万円の壁」への対応内容と企業に必要な手続きを解説

106万円の壁

106万円の壁は、一部の企業において厚生年金保険・健康保険への加入が必須となる年収のボーダーラインです。年収が106万円を超えてくると、扶養から外れて社会保険に加入する義務が生じる可能性があります。その対象となるのは、従業員数101人以上の企業に勤めていて、以下4点すべてに該当する労働者です。

  1. 週の所定労働時間が20時間以上
  2. 所定内賃金が月額8.8万円以上(年収106万円以上)
  3. 2か月を超える雇用の見込みがある
  4. 学生ではない

なお、社会保険の適用範囲は段階的に拡大しており、2024年10月からは従業員数51人以上の企業が対象となります(2024年9月までは従業員101人以上の企業が対象)。

130万円の壁

130万円の壁は、国民年金・国民健康保険への加入が必須となる年収のボーダーラインです。106万円の壁の条件に該当しない人でも、年収が130万円を超える場合には保険料を負担しなければなりません。たとえば、従業員数100人以下の企業に勤めていたとしても、学生であっても、年収が130万円を超えれば国民年金・国民健康保険への加入が必須となります。

他にもある年収の壁

上述した2つ以外の年収の壁を以下にまとめました。

100万円の壁

住民税がかかるかどうかのボーダーラインです。
年収100万円を超えると住民税を支払う必要があります。

103万円の壁

所得税がかかるかどうかのボーダーラインです。
年収103万円を超えると住民税に加えて所得税も支払わなければなりません。
また、扶養者の「配偶者控除」が適用されなくなるラインでもあります。

150万円の壁

扶養者の「配偶者特別控除」が満額で受けられるかどうかのボーダーラインです。
年収150万円を超えると扶養者の「配偶者特別控除」が徐々に減少します。

201万円の壁

扶養者の「配偶者特別控除」が受けられるかどうかのボーダーラインです。
年収201万円を超えると扶養者の「配偶者特別控除」が適用されなくなります。

2.「年収の壁」が注目されている理由

厚生労働省の資料によると、社会保険料を負担していない被扶養者のうち、約4割が就労しているといいます。そのなかには、収入が一定額以上になることで社会保険料の負担がかかり、今よりも手取り額が減ってしまうことを理由として、意図的に就業調整をおこなう人がいることがわかりました。つまり、年収の壁を超えて働かないように「106万円の壁」や「130万の壁」を意識しながら就業しているということです。

参考:「年収の壁」への当面の対応策|厚生労働省

就業調整と人材不足

年収の壁が注目される背景には、短時間労働者が社会保険料の負担を避けるために就業調整をおこなっている現状があります。年収の壁が立ちはだかることで、本来であれば「もっと働ける」という人も、手取り額を減らさないためには働く日数や時間を調整せざるを得ない状況となっています。

少子高齢化によって労働力が減少し、企業は今後ますます人材不足に陥ることが予測されています。「もっと働ける」労働者による就業調整が、企業の人手不足を加速させる要因となることはいうまでもありません。

このような状況を受けて、政府が新たに打ち出したのが「年収の壁・支援強化パッケージ」です。人材不足への対応が急務となるなか、年収の壁を意識せず働ける環境づくりへのサポートが始まっています。

3. 政府が打ち出した「年収の壁」対策

2023年10月より、政府による「年収の壁」対策が始まりました。この支援策は、年収の壁を超えて働きたい労働者を後押しするとともに、企業の労働力確保を促進するねらいもあります。

年収の壁・支援強化パッケージ

年収の壁・支援強化パッケージとは「106万円の壁」「130万円の壁」「配偶者手当」への対応をパッケージ化したものです。パートタイムで働く派遣社員やアルバイトなど、社会保険料の負担を避けるために年収の壁を超えない範囲で働いている労働者が、壁を意識せずに働けるようにするための支援策です。

《年収の壁・支援強化パッケージの内容》

106万円の壁への対応
  • キャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇改善コース)
  • 社会保険適用促進手当
130万円の壁への対応
  • 事業主の証明による被扶養者認定の円滑化
配偶者手当への対応
  • 企業の配偶者手当の見直しの促進

それぞれの対応内容について以下で詳しく解説します。

4. 「106万円の壁」への対応

年収の壁・支援強化パッケージによる「106万円の壁」への対応を以下にまとめました。

キャリアアップ助成金

2023年10月より、キャリアアップ助成金に「社会保険適用時処遇改善コース」が新設されました。労働者を社会保険に加入させ、収入を増加させる取り組みを講じた事業主に対し、労働者1人につき最大50万円が助成されます。

参考:キャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇改善コース)|厚生労働省

社会保険適用時処遇改善コースには以下の3種類があります。

手当等支給

社会保険適用促進手当を支給するなど、労働者の収入を増やす場合に助成されます。

要件 1人あたりの助成額
①賃金の15%以上分を追加で支払うこと 20万円(1年目)
②賃金の15%以上分を追加で支払い、かつ3年目以降に③の取り組みをおこなうこと 20万円(2年目)

③賃金の18%以上を増額させていること

10万円(3年目)

なお、上表の助成額は中小企業に助成される金額であり、大企業の場合は3/4の金額となります。

労働時間延長

所定労働時間を延長し、社会保険を適用する場合に助成されます。

所定労働時間の延長 賃金の増額 1人あたりの助成額
4時間以上

30万円

3時間以上4時間未満 5%以上
2時間以上3時間未満 10%以上
1時間以上2時間未満 15%以上

なお、上表の助成額は中小企業に助成される金額であり、大企業の場合は3/4の金額の22.5万円となります。

手当と労働時間延長の併用

1年目に手当等支給による助成(20万円)を受けたあと、2年目に労働時間延長による助成(30万円)を受けることができます。この2つを併用することで、労働者1人につき最大50万円の助成を受けられます。

社会保険適用促進手当の標準報酬算定除外

社会保険適用促進手当とは、これまで社会保険非適用だった労働者が新たに適用となった場合に、事業主が給与や賞与とは別に支給できる手当のことです。労働者が支払う社会保険料の負担を軽減するためのものであり、新たに労働者負担となる保険料相当額を上限として、標準報酬月額・標準賞与額の算定には考慮されません(最大2年間)。

標準報酬月額 8.8万円 9.8万円 10.4万円
上限額(年額) 15.9万円 17.7万円 18.8万円

※標準報酬月額が10.4万円以下の労働者が対象

企業に必要な手続きと対応

キャリアアップ助成金の「社会保険適用時処遇改善コース」について、自社に対象者がいる場合はあらかじめキャリアアップ計画書を作成し、取り組みを始める日の前日までに管轄の労働局へ提出する必要があります。キャリアアップ計画書を作成する際は該当の労働者から意見を聴取し、計画へ反映させることが推奨されています。

社会保険適用促進手当を支給する場合は、その旨を就業規則に追加したうえで、労働基準監督署への届出をおこなわなければなりません。また、標準報酬月額・標準賞与額の算定の際には、手当分が除外されているか確認する必要があります。

5. 「130万円の壁」への対応

年収の壁・支援強化パッケージによる「130万円の壁」への対応を以下にまとめました。

事業主の証明による被扶養者認定の円滑化

130万円の壁への対応策として、労働者の収入が一時的に増えた場合に、事業主がその旨を証明することで引き続き被扶養者として認定される仕組みがつくられました。繁忙期に残業が増えるなど、一時的な収入増によって年収130万円のラインを超えたとしても、これまでどおり扶養に入り続けることができます。

なお、この施策の対象となるのは「一時的な収入変動」であり、労働時間の延長に伴って支給される残業手当や繁忙手当が想定されています。基本給が上がったことによる収入変動や恒常的な手当を新設したことによる収入変動などは対象外となります。

参考:パート・アルバイトで働く「130万円の壁」でお困りの皆さまへ|厚生労働省

企業に必要な手続きと対応

被扶養者認定の円滑化をおこなうには、事業主による「一時的な収入変動」の証明が必要です。事業主は証明書を作成し、年収130万円未満である被扶養者に「一時的な収入変動」が起こった旨を証明しなければなりません。

証明書の作成にあたり、企業は以下の3点を把握しておく必要があります。

  • 雇用契約により本来想定される年間収入
  • 労働時間の延長が実施された期間
  • 上記期間における収入額(実績額)

なお、事業主証明様式は厚生労働省のホームページからダウンロードすることができます。

6. 配偶者手当への対応

短時間労働者が働き控えをおこなう要因には「配偶者手当」もあります。手当支給において企業側が収入要件を設けている場合、その上限を超えないように配偶者が就業調整をおこなうことが考えられるからです。

配偶者手当が普及した当時と比べると、女性の就業率は上昇し、共働き世帯が増えています。時代の移り変わりとともに、企業としては従業員のニーズも変化している可能性があることを認識し、従業員にとって納得感のある賃金制度に変えていく必要があります。企業が配偶者手当の見直しをおこない、その原資をより多くのニーズが見込める制度の構築に充てることで、働く意欲のある人が活躍しやすい職場づくりを進めることができるでしょう。

企業に必要な手続きと対応

政府の「年収の壁・支援強化パッケージ」では、配偶者手当の見直し手順を示したフローチャートを公表しています。

  • STEP1:賃金制度・人事制度の見直しを始める
  • STEP2:従業員にヒアリングをおこない、ニーズを踏まえた案を策定する
  • STEP3:見直し案を決定する
  • STEP4:決定した新制度の内容を従業員に説明する

資料:配偶者手当見直し検討のフローチャート|厚生労働省

具体的な見直し内容としては、配偶者手当の収入制限を撤廃するほか、配偶者手当を廃止または縮小する案も考えられます。この場合、基本給を増やす、資格手当を創設する、子どもや障がい者が対象の手当を増額するなど、従業員のニーズを踏まえたうえで自社に適した追加案を考えるのが望ましいでしょう。また、賃金制度を見直す際には労働契約法の規定がかかわってくるため、それも踏まえた対応が必要となります。

7.まとめ

扶養の範囲内で働きたい短時間労働者は、一定の年収額を超えると社会保険料の負担がかかる「年収の壁」を意識しています。手取り額が減らないように就業調整をおこなう、いわゆる「働き控え」が生じている状況を受けて、政府は「年収の壁・支援強化パッケージ」を発表しました。この支援策は2023年10月より開始されており、年収の壁を超えて働く意欲のある労働者を後押ししています。

労働者が年収の壁を意識しながら働くことは、企業にとって労働力不足が加速する要因の一つとなります。政府が打ち出した年収の壁に対する支援策を理解し、自社に必要な手続きを進めていきましょう。