労働時間に着替えなどの準備時間は該当する?労働時間の定義と事例を解説

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労働時間に着替えなどの準備時間は該当する?労働時間の定義と事例を解説労働時間に着替えなどの準備時間は該当する?労働時間の定義と事例を解説

派遣社員は時給で働くケースが多く、労働時間に時給を掛けて給与を算出します。必然的に、人事担当者には労働時間への該当性について厳密な判断が求められ、派遣先企業として派遣社員の労働時間を適正に管理する必要があります。

しかし、労働時間については労働法上の定義があるうえ、ケースによっては微妙な判断を要します。具体的には、着替え時間や仮眠時間、待機時間など、実際には仕事をしていない時間です。これらを労働時間に含めるかどうか、人事担当者が判断を誤ってしまうと、未払い残業代として請求されるリスクもあります。

この記事では、労働時間に着替えなどの準備時間は含まれるのか、派遣先企業も知っておくべき労働時間の定義や判断のポイントをわかりやすく解説します。

目次

  1. 労働時間に着替えなどの準備時間は該当する?
    • 労働時間の定義
    • 労働時間の着替えに関する判例
    • 厚生労働省のガイドライン
    • 実態によって判断
  2. 着替えが労働時間に該当するケース
    • 就業規則・マニュアルで明示
    • 会社からの黙示の命令
    • 着替え場所の指定
    • 法令による制服着用の義務付け
  3. 着替えが労働時間に該当しないケース
    • 従業員の都合による着替え
    • 着替えが簡易な制服
    • 通勤時に制服着用可
  4. 労働時間に該当するほかの事例
    • 仮眠時間
    • 待機時間
    • 朝礼
    • 研修
  5. 企業がしておくべき対策
    • あらかじめ給与に反映
    • 適正な労働時間の把握
  6. まとめ

1.労働時間に着替えなどの準備時間は該当する?

派遣社員の給与は、雇用主である派遣元企業によって支払われます。しかし、給与計算に必要な労働時間を管理するのは派遣先企業であり、派遣契約で定めた就業条件を遵守することが義務付けられています。

労働時間に着替えなどの準備時間は該当する?労働時間の定義と事例を解説

【派遣社員の労務管理】

派遣先企業の責任で管理 派遣元企業の責任で管理
  • 労働時間
  • 休憩時間
  • 休日
  • 時間外労働
  • 休日労働
  • 給与支払い
  • 年次有給休暇
  • 産前産後休暇
  • 災害補償
  • 健康診断

派遣社員の労働時間を管理するうえで、微妙な判断が必要となるのが着替えなどの準備時間です。まずは労働時間の定義や過去の判例とともに、着替え時間は労働時間に該当するのか解説します。

労働時間の定義

労働時間とは「使用者の指揮命令下に置かれている時間」を指します。使用者からの指示によって、業務に従事する時間や業務に必要な学習をおこなう時間、また参加が義務付けられている教育訓練を受講する時間などが「労働時間」とされています。

なお、労働時間は労働基準法によって制限が設けられており、原則として「1日に8時間、1週間に40時間」を超えて労働させることはできません(労働基準法第32条)。法定労働時間を超える時間外労働や休日労働をさせる場合には、時間外労働・休日労働協定(36協定)を締結し、労働基準監督署長に届け出る必要があります。この点、派遣社員の場合は派遣先企業ではなく、雇用関係にある派遣元企業と36協定を結ぶことになります。

労働時間の着替えに関する判例

労働基準法において、労働者の着替えなどの準備時間に関する規定はありません。「1日に8時間、1週間に40時間」を法定労働時間としていますが、その労働時間に具体的に何が含まれるのかまでは規定されていないため、人事担当者においては判断に迷うケースもあるでしょう。

労働者の着替え時間を考えるうえで、一つの基準となるのが「三菱重工長崎造船所事件」(2000年3月判決)です。同社では完全週休二日制の実施に伴い所定労働時間を「1日8時間」としましたが、従業員は所定労働時間外の着替えを余儀なくされていました。なお、作業にあたっては所定の更衣所にて、作業服や防護服を装着することを会社から義務付けられています。

判決では、業務の準備に要した時間は会社の指揮命令下にあったものとして、更衣所での作業服や防具服の装着・脱離は労働時間に該当すると判断されました。ただし、作業終了後の手洗いや洗身、通勤服への着替えは会社から義務付けられておらず、労働基準法上の労働時間に当てはまらないとしています。

厚生労働省のガイドライン

前提として、従業員を使用する立場にある使用者には、労働時間を適正に把握する義務があります。具体的には、労働日ごとの始業時刻と終業時刻を確認したうえで、適正な方法で記録することが義務付けられています。

従業員の労働時間を管理する際には、厚生労働省が公表している「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を参考にするとよいでしょう。これは使用者に向けたガイドラインであり、上述の判例をもとにした労働時間の考え方や適正に把握するための具体的な方法がまとめられています。

実態によって判断

厚生労働省のガイドラインにもあるように、労働時間の判断ポイントは「使用者の指揮命令下に置かれている時間かどうか」という点です。三菱重工長崎造船所事件では就業規則を変更して所定労働時間外での更衣を求めていましたが、所定の更衣所での作業服・防護服の装着を会社が義務付けていたことから、客観的にみて使用者の指揮命令下にあったと判断されました。つまり、着替えなどの準備時間が労働時間に該当するかどうかは、会社の就業規則や労働契約の規定にかかわらず、実態によって判断されることになります。

2.着替えが労働時間に該当するケース

着替えが労働時間に該当するのは、その時間が会社の指揮命令下に置かれていると判断される場合です。具体的には以下のようなケースが考えられます。

就業規則・マニュアルで明示

会社の就業規則やマニュアルで制服着用が明示されている場合、着替えは労働時間として取り扱われる可能性が高いでしょう。会社側が明確なルールとして定めており、従業員に対して制服着用を義務付けていると捉えられるからです。

会社からの黙示の命令

黙示の命令(指示)とは、会社側から直接の業務命令がなかったとしても、命令があったものとしてみなすことをいいます。今回のような着替えのケースにおいては、従業員が制服を着用しない場合に懲戒処分が下される、マイナス評価で賃金を減らされるなど、着替えを怠れば従業員に不利益が生じることを意味します。この場合は着替えを余儀なくされていると捉えられ、労働時間として認められる可能性が高くなります。

着替え場所の指定

社内の更衣室など、従業員の着替え場所を会社側が指定している場合、またはその指示に従わざるを得ない場合には、着替えの時間も労働時間としてカウントされます。反対に、着替え場所を指定せずに自宅での着替えを認めている場合は、出社後の制服着用を余儀なくされているとはいえず、労働時間に該当しない可能性が高いでしょう。ただし、制服を着用した状態で通勤するのが困難なケースにおいては、事実上会社側が着替え場所を指定しているとみなし、その着替えは労働時間に含むと考えられます。

法令による制服着用の義務付け

制服の着用が法令上義務とされている場合、着替えの時間は会社の指揮命令下に置かれているとみなされ、労働時間として判断されます。たとえば警備員や鉄道係員は、それぞれ警備業法、鉄道営業法という法律によって制服の着用が義務付けられています。

3. 着替えが労働時間に該当しないケース

あくまで労働時間とは「会社の指揮命令下に置かれている時間」であり、すべてのケースにおいて着替え時間を労働時間とみなすわけではありません。以下のようなケースに該当する場合、その着替えが労働時間として判断される可能性は低いと考えられます。

従業員の都合による着替え

会社から指示されておらず、従業員側の都合で着替える場合は、労働時間とみなされない可能性が高いでしょう。たとえば制服がない会社に勤務し、動きやすい私服で出社した後にスーツに着替える、仕事の後に個人的な用事があるために着替えるなど、会社側ではなく従業員自身の意思によって着替えるケースです。本人にとって必要であっても、従業員側の都合による着替えは、会社の指揮命令下にあるとはいえません。

着替えが簡易な制服

会社から制服の着用を指示されていても、それが私服の上にエプロンを付けるのみ、ジャケットを羽織るのみといった簡易なものであれば、その着替えが労働時間に該当する可能性は低いと考えられます。こうした簡易な制服は、着替えによる時間の拘束がほとんどなく、労働時間に含めないのが一般的です。

通勤時に制服着用可

通勤時の制服着用が会社から認められている場合、その着替えは労働時間としてみなされにくくなります。社内の更衣室などを着替え場所として会社が指定していれば、会社の指揮命令下に置かれているものとして判断されますが、自宅での着替えを認めている場合には該当しません。

4. 労働時間に該当するほかの事例

着替えなどの準備時間以外にも、労働時間として認められる事例があります。実態によって判断していくことになりますが、具体的には以下のような時間や行為は使用者の指揮命令下にあり、労働時間に含むと認識されています。

仮眠時間

仮眠時間が労働時間とみなされるのは、泊まり込みを前提とした夜間の宿直業務にて仮眠を取る時間です。実際に業務をおこなっていなくても、仮眠時間は労働から離れている時間とはいえず、会社の指揮命令下にあるものとされています。何かトラブルが発生した際には、すぐさま対応することが義務付けられているからです。

なお、休憩時間は会社の指揮命令下になく、労働から離れて自由に過ごす時間とされています。このため、休憩時間は労働時間に含まれず、この時間の賃金を支払う義務はありません。

待機時間

身体が休まっている状態であっても、労働から離れずに待機している時間は労働時間とみなされます。たとえば店番として待機している時間、タクシー運転手が乗客を待っている時間などは労働から離れていない状態であり、会社の指揮命令下にある時間として認められています(前述の仮眠時間も待機時間に該当します)。

また、このように作業中でなくとも使用者の指揮下から解放されていない時間は「手待時間」と呼ばれ、使用者からの指示があれば即時に業務をおこなうことが求められています。

朝礼

朝礼をおこなっている会社で、その朝礼への出席を従業員に義務付けている場合は、労働時間として認められる可能性が高いでしょう。また、出席を指示していなくても、出席しなかった従業員に不利益が生じる場合には「出席を余儀なくされている」と判断され、これも労働時間とみなされます。反対に、朝礼への出席を義務付けていない、朝礼に参加しなくても不利益が生じない場合は、労働時間にあたらないと考えられます。

研修

業務上義務付けられている研修や教育訓練、使用者の指示によって業務に必要な学習をおこなう時間は労働時間にあたります。派遣社員の場合は派遣元企業・派遣先企業とで負担が分かれており、派遣先企業には業務に必要な教育訓練を派遣社員に受けさせる義務があります。また、教育訓練は無償で提供し、その費用は派遣先企業の負担となるのが一般的です。

5. 企業がしておくべき対策

本来であれば労働時間と判断すべき行為も、人事担当者の理解が不足している場合には誤った処理をしてしまうおそれがあり、未払い残業代として請求されるリスクも生じてきます。こうしたリスクを避けるために、企業側がしておくべき対策をご紹介します。

あらかじめ給与に反映

着替え時間に関しては、人によって着替えるスピードが異なるため、これを労働時間に含める場合には着替えの遅い人ほど賃金が多くなることも考えられます。労働時間を適正に管理し、従業員にも不利益が生じないようにするためには、着替え時間を「1回5分」「1日10分」などと一律で定め、あらかじめ給与に反映させておくのが望ましいでしょう。

適正な労働時間の把握

就業規則や労働契約にかかわらず、労働時間は実態から判断すべきものです。企業としては、昔からの慣習で労働時間外におこなっている行為がないか、従業員の自主性に任せて労働時間に含んでいない行為がないかなどをあらためて確認することが重要です。「着替え」という一つの行為をとっても、それが労働時間に該当するかどうかはケースによって異なるため、それぞれ個別に判断していく必要があります。

派遣は派遣元と派遣先の両方と関わりを持つ雇用形態ですが、派遣社員の労働時間を管理するのは派遣先企業の役割です。厚生労働省のガイドラインも参考にしながら、派遣社員の労働時間を適正に把握することが求められています。

6.まとめ

労働時間とは「使用者の指揮命令下に置かれている時間」を指し、その行為が会社から義務付けられている、または余儀なくされている場合には、労働時間として認められる可能性が高いといえます。企業としては過去の慣習にとらわれずに、実態をみながら労働時間の適正な把握に努める必要があります。

派遣先企業は派遣社員の労働時間を管理する責任を負います。自社の社員だけでなく、派遣社員に対しても同様に適正な労働時間管理をおこなうことが重要です。